パリに向けた準備と挑戦

スクリプト(ゲームモデル)

勝利から逆算した台本づくり

スクリプトというと聞き慣れない言葉であるかもしれない。ただ、ゲームモデルやプレーモデルといえば聞き慣れた言葉である。サッカー界の名将であるモウリーニョなどがこの考えを推奨していることで有名だろう。スクリプトはそれに近いものである。
勝利から逆算し、バスケを構造化し、局面ごとに目的を明確にし、何をするのか、相手が仕掛けてくる様々なディフェンスに対してどのように対応するかをシステムに落とし込む。そのような準備をすることでチームとして、何をするのかを意思疎通することを目指した。

注力したスクリプト10ヶ条

コーチたちはいくつもの想定される状況をスクリプトとして、事前に準備していたが、選手たちにより注力してほしい項目を10ヶ条として提示した。

OFFENSE ー いかに速さを活かすか

No.> 内容 補足
1 トランジションオフェンスで速さを出す(失点後も) インバウンド後もプッシュ、PG ディナイに対してプレー
2 スクリーンへの妨害を超える vs Contain / Switch / Under
3 孤立したレイアップをしない・させない Score SprayとSupport
4 リクリエイトで最後まで協力してクリエイトする “123(GOO)”
5 5人全員がタグアップ⇨クラッシュする Hard Contact

DEFENSE ー いかに相手を停滞させるか

No.> 内容 補足
6 タグアップ/スプリントバック:トランジションの勢いを消す 走り出しを逆方向に一歩踏ませる
1回でも多くPivotさせる
7 出所を苦しめて、エントリーさせない 停滞させる
リズムとタイミングを崩す
8 相手のクリエイトに対して2人で体をぶつけて妨害する Show Hard / Post Trapで出所を苦しめる
9 最後まで質の高いクローズアウトとローテーションでオープンシュートを打たせない Contestまでやり切る
10 リバウンド:ステップアウト+カムバックリバウンド5人で取り切る 2nd Chance Pointを阻止する

1つの項目ごとに内容を紹介していく

①トランジションオフェンスで速さを出す(失点後も)

▼狙い
失点後もスピードを生かすことを追求(やられたらやり返すマインドも重視)。走るコースと形勢に応じた原則を定めたインバウンドシステム によって、スピードを生かしたダウンヒル1on1からピック&ロールシステムにシームレスに移行することを目指した。特にビッグマンが走り勝つことでチャンスを大きくできると考えた。

▼背景
どんな状況でも、走り勝つコンセプトの遂行力を高めるために設定した。失点後も5人全員が意図を持って素早くプレーすることを目指すためのシステム。日本の早さを消すために、PGをディナイしてくる相手に対してSGがプッシュすることや、PGが高い位置からマッチアップされた場合にプッシュが遅くならないようにする狙いがある。また、流れで攻められなかった場合に、そのままレギュラーシステム(ピック&ロールシステム)への移行のスムーズさも考えている。

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映像60_トランジションオフェンスで速さを出す。(失点後も)"P1"

②スクリーンへの妨害を超える

日本がチャンスを作り出すアクションとして、最も使われたのがPNRである。相手は様々なディフェンス方法を準備している。そのディフェンスを妨害として表現し、そのディフェンスに対応するカウンターの発揮することが重要であった。
日本の強みである速さと3Pを止めるために、多くの国がスイッチを採用しているため、スイッチカウンターを準備した。そのカウンターを一部紹介する。

レギュラーカウンター

▼狙い
ハンドラーはスピードを活かして x Big を超えに行くことを1st オプションにする。ビッグマンは x S に対してペイント内でボールを受けられるようにダイブする(ダイブを壊されないように)この2軸でチャンスを攻める。

▼背景
スイッチカウンターの時に停滞することが多く見られた。理由はハンドラーが攻めるべきかポストが攻めるべきかで迷うからである。「走り勝つシューター軍団」として、まずはスピードを活かし、そこで行き詰まった時に次の手としてビッグマンのポストを狙うことで、停滞せずに連続した攻撃になることを目指した。

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映像61_スイッチカウンター- Speed

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映像62_スイッチカウンター- Power

▼狙い
この2メンゲームに対して、残りの3人も機能的に攻撃することを目指す。2のSpeed のアタックができないことに対して5はフラッシュし、ハイローを狙う。ハイローで攻められない時は、Speed ミスマッチの狙い+ゴーストスクリーン。この狙いによって、ミスマッチポストを狙いながら5人で動きを作り、「走り勝つ」ことを目指す。

▼背景
ミスマッチを攻めようとする時に、他の3人の足が止まりがちなので、5人でチームコンセプトに沿った役割を与え、スクリプト化することで停滞を無くし、且つ強みを発揮し続けられることを考えた。

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映像63_スイッチカウンター- High low

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映像64_スイッチカウンター- ゴーストスクリーン

③孤立したレイアップをしない・させない

多くの効率のいいシュートはレイアップと3Pとされている。日本は3Pを多く試投するが、それと同時にペイントタッチを狙い多くのチャンスを作り出すことを目指した。その時に課題になるのが、タフなレイアップを打つこととスペーシングを改善することが必要と考えた。実際にFIBA女子アジアカップではタフレイアップが課題として浮き彫りになった。
改善するために、個人・チーム練習でペイント近辺での判断やフィニッシュスキルなどの取り組みに時間をかけた。またチームとして、スペーシングの考え方を共有した。その一部を紹介する。

▼狙い
ヘルプしにくく、ローテーションしにくいポジショニングを取る。そのことで、ヘルプディフェンスから受ける負荷を下げて、期待値の高いシュートを選び抜けることを目指した。最重要課題であったタフレイアップを減らす鍵になると考えた。全てのペイントタッチの最終系はこのポジショニングであることが望ましいと考えている。

▼背景
「合わせる」という漠然とした言葉では、普段スコアラーになる代表選手に規律を持たせることが難しかった。そのため全てのペイントアタックに対して、ペイントに2人とビッグトライアングル3人で作るシステムを浸透させることでタフレイアップを減らすことを目指した。

▼狙い
ウィングから3人サイドにアタックした時に、ヘルプローテーションを難しくするペイントアタックシステムに入るために、3人のうち1人はダイブすることでこれを実現できる。原則ウィングの選手がダイブすることにして、ダイブのし損ねを防止した。

▼背景
3人サイドの合わせが感覚的なものが多く、動かなかったり、再現性のない動きであることによって、3人でヘルプローテーションされてチャンスを不意にしてしまうことがあったため、サポートに一定のルールを持たせた。

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映像65_孤立したLay Upをしない・させない

④リクリエイトで最後まで協力してクリエイトする

チャンスを作り出すことを女子日本代表はクリエイトと表現していた。また、1度でチャンスを作り出せない時は、2度目のクリエイトをリクリエイトと表現した。
24秒間のオフェンスでチャンスを5人で協力して作り出し、タフな1on1を少なくする。これは先述していた、タフなレイアップを少なくすることにもつながる。
日本がリクエイトで多く採用していたアクションはスペインピックである。
このスペインピックで多くのチャンスを生み出し、得点につながるシーンも多くあった。

▼狙い
狙い通りにチャンスを作れず、ショットクロック残り10秒くらいの場面でも、チームで最後まで強みを発揮する戦術を駆使して期待値の高いシュートを狙う。またOR後も組み立て直す時、原則、本アクションを選択し、スムーズな攻撃を目指した。

▼背景
2メンピック&ロールに入ることがオーソドックスであるが、3人でのアクションの方が優位性があると判断。その理由は、PG プルアップ 3Pの期待値が低いことでシンプルなスイッチに対する停滞感のリスク、3人でプレーすることでバリエーションが増やせるため相手の対応が難しくなること等がある。

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映像66_Spain PNR

▼狙い
同じ入り口からのオプションによって、ディフェンスにさらなる戦術的負荷をかける狙い。このオプションは、トップピック&ロールのアンダーに対するカウンターにもできると考えている。

▼背景
1st Optionの3人プレーで相手に上回られた場合の次の手、あるいは、同じエントリーから変化を加えて相手を驚かす狙いで設定した。PLAN B的な要素を含んだ設定。

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映像67_Spain PNR vs Under - vs Small Small Switch

⑤⑥タグアップ/スプリントバック:トランジションの勢いを消す

▼狙い
タグアップをしてオフェンスリバウンドのチャンスを狙う。そのまま高い位置でマッチアップして高い位置からのプレッシャーを仕掛けていくことで主導権を握る。ボールの所有権が変わった時に、相手が進行方向と逆に重心がかかるようにして走り出しを遅らせるところまで狙う。スイッチディフェンス後に、相手のビッグマンのリムランを妨害するための鍵でもある。

▼背景
トランジションでダウンヒルlで攻め込まれると分が悪い。そもそもフルコートで高い強度のプレッシャーを掛けていくことが自分たちの強みを発揮することでもあり、フルコートを主戦場とするコンセプトに沿うため。ガードが無意識的にセーフティーで戻ってしまう傾向やシューターが何もせずに戻ってしまう傾向があり、高い位置からプレッシャーを仕掛けられないことがあり、その点も改善したかった。アメリカ代表のトランジションオフェンスを妨害する方法として最適と考えた。

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映像68_Tag Up

⑦出所を苦しめて、エントリーさせない

▼狙い
日本人の強みである運動量と継続した努力を前面に出し、高い位置からしつこくプレッシャーをかけることを目指した。そのプレッシャーディフェンスで相手にミスを誘発させ、時間を奪うことで、相手が意図しているタイミング、場所、狙いを簡単にさせないことを目指した。
また、ミスを誘発させるやプレッシャーをかけることで、日本の強みの速い展開に持ち込むことを狙っていた。

▼背景
日本はサイズや力では劣勢である。過去との国際大会でもハーフコートで引いたディフェンスをすることで相手の強みを最大化させることにつながっていた。ただし、ドリブルを多くつかせることができれば、小さい日本人でも対抗できると考えた。そのためにはバックコートからプレッシャーをかけ、常に高い位置にボールがある状態を保つことで、得点やリバウンドのチャンスを少なくできると考えた。

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映像69_出所を苦しめて、Entry させない

⑧相手のクリエイトに対して2人で体をぶつけて妨害する

現代バスケはピック&ロールを用いてチャンスを作り出すことが多い。日本は相手がピック&ロールで作ろうとするチャンスを最小化するためにショーハードを採用した。

▼狙い
最初のクリエイトを壊すことでファーストオプションではなく、セカンドオプションにさせる。ハンドラーがゴールに進むことを防ぎ、ダイバーへのパスを難しくさせる。ワンパスアウェイをディナイして、一番遠くにパスをさせてクローズアウトゲームに持ち込み、ピック&ロールの効果を薄める。

▼背景
体格差が大きい為にハンドラーとダイバーが同時にゴールに進むと、レイアップ・ディッシュパス・オフェンスリバウンドを守ることが困難。また、すべてのカバレージに対するブレイクダウンを行った結果、ショーハードが最も効果的だった。プラスして日本の「走り勝つ」のコンセプトにも合った戦術だった。

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映像70_簡単にクリエイトをさせない-ショーハード

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映像71_簡単にクリエイトをさせない-スイッチ

日本の弱みはサイズであり、相手はリングに近いところでチャンスを作り出そうとする。ポストディフェンスは1人で守ることが難しくなることが多いため、トラップディフェンスを準備をした。そのトラップ方法の一つがベースライントラップである。

▼狙い
ポストプレーヤーにフラッシュだけではなく、良いパスをさせないこと。その為に、ポストディフェンスはボールに対してプレーして視野を切り、ベースライン側にダイブをさせるように仕向ける。トラップはベースライン側から行い、ドリブルをつく瞬間にボディーアップして進行を体で止め、良いパスをさせないところまで追求する。

▼背景
ワールドクラスのセンターを1on1で守ることは困難。見える方からトラップに行ってもすぐに捌かれてしまう。日本相手にはひたすらローポストをしてくる。トラッパーをできるだけスモールで行くようにしていた。タグダイブ・リバウンドに備えるため。

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映像72_簡単にクリエイトをさせない:ポストディフェンス

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映像73_簡単にクリエイトをさせない:ハイローディフェンス

⑨最後まで質の高いクローズアウトとローテーションでオープンシュートを打たせない

▼狙い
ペイントを固め、レイアップ を阻止してパスを出させ、クローズアウトゲームに持ち込むことで、体格差を克服しようとした。運動量の多さで「走り勝つ」ことを目指した。相手にダメージ(リズムを崩す)を与えるクローズアウトを追求した。

▼背景
相手の個の優位性(高さ)を2人がかりで阻止し、リカバリーを「走り勝つ」ことでカバーすることが勝利への鍵と考えた。そのために、正しいポジショニングを追求し、動き出しの質(ドロップ)にもこだわった。

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映像74_クローズアウトゲーム

⑩リバウンド:ステップアウト+カムバックリバウンド5人で取り切る

▼狙い
相手に良いリバウンドポジションを取らせないことと、5人でリバウンドを確保すること。良いリバウンドポジションを取らせない為に、正体して下から押し上げる・脇を絞めて肘を体にくっつけて押す。
(レスリング金メダリスト米満氏のアドバイス)

▼背景
ステップアウトし損ねる努力不足と長い時間背中で押し合おうとする良くない癖によってリバウンドの獲得率が低下していた。これらを改善するためにステップアウトと正面で押し合う習慣、そしてガードも加わり5人でリバウンドを取る意識を上げる必要があった。アウトサイドにいる選手がリバウンドのために、ペイントに戻ることをカムバックリバウンドとして強化した。

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映像75_ステップアウト+カムバックリバウンド