タイトルの言葉は、3x3(スリー・エックス・スリー)バスケットボール(以下3x3)がオリンピック公式種目としての採用を目指していた際に、FIBAがIOCおよび全世界へ向けて掲げたスローガンだ。バスケマンであれば、学校の放課後や仕事の休日に仲間や兄弟、そしてそのまた友達といった具合にどこからともなく集まった人たちで、1つのゴールに向かって夢中にバスケをプレーした経験があるのではないだろうか。ただ、その夢中になったバスケには、厳密なルール設定などは無縁であった。ある時期では流行にのって3on3としてのルールでプレーしたり、またある日常の中で集まった人たちで3対3のピックアップゲームとして何となくのルール、いわゆるローカルルールでプレーしたことだろう。そして、2007年にFIBAはそのようにしてあなたの身近でも親しまれ、楽しまれてきたバスケシーンに世界共通のルールを設けて競技化を試みることとした。それこそが3x3という種目である。
つまり、3x3は唐突に特別なものとして創り出されたのではない。それは「誰もが親しんだバスケ」「誰もが楽しんだバスケ」、そして「全ての人のためのバスケ」をルーツとしたあなたの身近にある種目である。世界中で異なったローカルルールが統一されたことにより、世界中の各々のホームコートでプレーしてきたバスケは、3x3として世界中のどこでも、誰とでも、また文化の違いにも関係なく急進的にプレーできるようになった。統一ルールの下、あなたのホームコートで親しみ楽しむバスケは、世界中で大会が開催されるようになり、オリンピックでも同じバスケとして親しみ楽しまれるようになった。
FIBAはあなたのホームコートを世界へ、そしてオリンピックの大舞台へと繋いだのである。あらためて言うまでもないが、簡略化されたローカルルールでプレーされるバスケのことは「ストリートバスケ」と呼ばれる。だからこそ、FIBAはあなたの身近で親しみ楽しまれるバスケを、世界やオリンピックへ繋げることを理念として「ストリートからオリンピックへ」というスローガンを掲げたのだ。この言葉には「誰もが世界やオリンピックの舞台に繋がっていて挑戦できる」というメッセージも込められている。
今回のレポートでは、主にパリ2024オリンピックにおける3x3の戦いがどのようなものであったかを報告する。ただし、「3x3は誰もが親しみ楽しめる、そして全ての人のためのバスケ」であることを念頭に置き、3x3に馴染みのない人にも身近に感じられるレポートにした。
第一の目的として、「3x3の魅力や楽しさ」を「全ての人を対象」として伝えていく。3x3に精通する方々だけではなく、5人制の選手やコーチはもちろんのこと、同じバスケに関わる全ての方々に興味や関心を持ってもらえることが最優先事項である。よって、本レポートでは細部にわたる統計データによる量的な分析よりも、3x3の魅力や楽しさが伝わるようにパリ2024オリンピックの3x3出場チームや選手たちが繰り広げた攻防についての紹介や説明に重点を置き、主観的な解釈が含まれた質的な分析を含めて報告する。データ分析に捉われないことで、3x3において重要と思われる次の3点をキーワードとして触れている。
本レポートにおける“勝負強さ”とは、スポーツ競技において、試合の勝敗を左右する決定的な局面(=勝負所)において、精神的プレッシャーや失敗のリスクに屈することなく、それをむしろチャンスと捉え、的確な状況判断と最適な技術・戦術的パフォーマンスを発揮することで、チームの勝利に決定的に貢献する能力を指す。例えば、試合終了間際に相手の強いプレッシャーを受けながらも冷静にクラッチシュートを成功させてチームを勝利に導くようなプレーはその典型例である。
また、“勝負強さ”は、 FG成功率やPPPなどの試合全体における平均的な成績指標とは本質的に異なる。それらが1試合当たりの安定したパフォーマンスを測るのに対し、“勝負強さ”は試合の流れが劇的に変わるような特別な高ストレス下の一瞬において、選手がどれだけ“瞬間的な爆発力”や“極限下での実行力”を発揮し、勝利に直結するプレーを成功させるかという「限定された状況下における貢献」を捉える評価軸である。つまり、“勝負強さ”とは、平均的な成績指標では見落とされがちな「勝利を決定づけた選手の価値」を測る物差しである。
試合時間が短い3x3では接戦となる場面が多く、パリ2024オリンピックでも僅かな差で勝敗が分かれることが少なくなかった。そうした中で惜敗を劇的な勝利や大金星へと変えていくためには、個々の選手が発揮する“勝負強さ”が極めて重要な要素であった。加えて、パリ2024オリンピックの出場を惜しくも逃した3x3男女日本代表においては、今後、世界基準で戦い、オリンピック出場を安定的に果たしてメダル獲得を目指していくためにも、“勝負強さ”を備えた選手の育成とその評価を体系的に進めていくことが、今後の強化方針における重要な検討課題となるだろう。
本レポートにおけるチームの“一体感”(=Team Chemistry)とは、スポーツ競技において、メンバー同士が互いを信頼し、協力し合いながら共通の目標に向かって自発的に連携できる関係のことを指す。これは、単にルールや指示に従うことで成立する形式的な結束とは異なり、メンバー同士の内面的な信頼や理解、尊重に基づいて「自然に育まれる連携の力」であり、チームの競技パフォーマンスを大きく左右する重要な要素である。
この“一体感”は、成功や失敗に限らず、チームでの様々な経験を通じて高まり、各メンバーが状況に応じて自ら判断し、役割を超えて臨機応変に行動しながら、即興的な連携を図れるようになる。また、長年の経験や信頼を通じて、互いの動きや意図を言葉にせずとも感じ取り、タイミングよく連携できるようになる。こうした高度な協調は、まさに「阿吽の呼吸」とも言える。
このような“一体感”は、単なる戦術理解や役割分担を超えて、チームが一つにまとまり、機能するための土台となる。「一緒に戦っているという実感」は、安心してプレーに集中できるようになり、どのような逆境にも立ち向かえるという自信を生み出す。その結果、メンバーの力が最大限に引き出され、チームの総合力が大きく高まり、困難な状況にも強く、安定して高い成果を挙げることが可能となる。
少人数の4名編成となる3x3では、チームの連携がうまく取れないメンバーが1人でも出てくると、チームパフォーマンスは大きく低下し、交代メンバーによる立て直しも期待できない。また、プレーシステムに依存し過ぎるのではなく、臨機応変さと即興性が求められる3x3においては、パリ2024オリンピックでも、チームの“一体感”を確立できていたかどうかが成績に大きく影響した。
本レポートにおけるスクリーン攻防の“駆け引き”とは、攻守の両者がスクリーンという戦術的な手段を通じて、相手の意図や反応、守備のズレや対応によって生じたエラーを読み取りながら、タイミングよくスペースと有利な状況を創り出し、得点機会へとつなげようとする攻防のやりとりである。
この“駆け引き”は、あらかじめ決められた技術やプレーシステムを実行するだけのものではなく、“戦術的な理解・状況判断・身体操作を組み合わせて発揮される高度な認知的スキル”であり、経験や学習によって磨かれていく、対人競技の核心的な能力である。特に3x3ではショットクロックが12秒と短く、スペースも狭く、人数も少ないため、状況判断のスピードと精度、そして即興的で柔軟な連携を伴う“駆け引き”が強く要求される。
パリ2024オリンピックにおいては、そのスクリーン攻防の“駆け引き”が勝敗を左右する要因の一つとなっただけでなく、身長差やフィジカル面のハンデを補う上でも重要なスキルとして機能していた。
この3点については3x3だけでなく、5人制でも生かされるプレーもあるので必見だ。
第二の目的は、世界の技術や戦術の潮流を分析し、今後の日本における3x3の競技力向上に関わる知見を提供し蓄積させることである。また、パリ2024オリンピックに向けて活動した3x3男女日本代表の軌跡も合わせて報告し、その実践や経験の記録から今後の3x3日本代表の強化に寄与していくための参考資料として合わせて記している。
尚、本レポートの内容を理解するにあたり、3x3のルールや特性を把握しておく必要がある。特に、3x3にはじめて触れる方や、そこまで深く3x3を知らなかった方は下記のリンクより予め確認しておくことをお勧めする。
ぜひ、できだけ多くの人が本レポートに目を通していただき、それが3x3に触れるきっかけとなり、より3x3を知る機会となり、そして3x3が多くのバスケマンの選択肢の幅を広げることに繋がれば幸いである。その先に、未来の日本バスケの発展が広がっていることを心から願っている。