パリ2024オリンピックにおける「技術・戦術」の潮流

セルフコーチング

選手主体のルール

3x3では試合中に選手がコーチから指示を受けたり、お互いの意思を伝達したりする行為は禁止されている(尚、そのような行為にはテクニカルファウルが宣告される)。5人制では試合中にコーチがチームの采配を振るうベンチワークが生じるが、3x3はそれとは異なり、試合中のコーチの任務や権限は採用されていない。つまり、試合中の選手交代やタイムアウト、そして戦術的な対応などチームの作戦に関わることも全て選手主体で行われるルール設計となっている。

落合選手は「自分で考えて自分で行動するのが3x3。試合中はコーチではなく、選手で打開するしかない責任が伴う。だから、試合に勝つと最高に楽しい」と選手主体のルールを説明し、それも3x3の魅力だと語る。

選手交代の考え方

3x3における試合中の選手交代については5人制と同様の考え方もあるが、ここでは3x3の特性に関連する考え方に触れておく。また、それを踏まえつつ、パリ2024オリンピックで見受けられた下記2点の選手交代について紹介する。

  1. 戦術およびマッチアップを考慮した「選手交代」
    3x3における選手交代はチェックボールまたはフリースロー前にどちらのチームにも認められており、そのボールがデッドの間はテーブルオフィシャルに申請せず、“何度でも交代(キャンセル含む)”できるルールとなっている。その際、試合再開後がオフェンスからなのか、またはディフェンスからなのかを考慮しつつ、その有効と思われる「戦術」や「相手選手とのマッチアップの相性」に応じて選手交代が行われる。
  2. スタミナマネジメントを考慮した「選手交代」
    山本選手は3x3のスタミナに関わる身体的な負荷について、「5人制が長距離走だとしたら、3x3は短距離走で400~800m走のように一気に息が上がる種目」と表現する。実際に、極限まで鍛え抜かれたパリ2024オリンピックに出場した選手でも、試合時間が途切れずに2分間以上も攻防のラリーが続けば、かなりきつそうにしている。1試合当たりの平均出場時間について概観してみると、男子で最長となった選手はリトアニアの#24 プケリス選手の平均8分00秒であり、同じく女子はスペインの#13 イゲラビデ選手の平均8分24秒であった(大会途中の負傷選手により3人の戦いを強いられた男子アメリカと女子カナダ、理由は不明だが極端な出場時間制限を行った女子アゼルバイジャンは比較対象から除外)。大多数の選手の1試合当たりの平均出場時間は6~7分台であり、試合映像を確認していても攻防のラリーが途切れる度に各チームは小まめに選手交代を行っている。そのことから、心拍数が一気に上がってスタミナが消耗し切った状態では特に勝敗を決する最終盤を戦い切れないため、多くのチームが試合序盤からそのような選手交代を行い、スタミナマネジメントを行っていることがうかがえる。

タイムアウトにおける戦術的な意思決定

タイムアウトとはボールがデッドの状態で選手の請求によって認められる30秒間のゲーム中断のことであり、各チームに1回ずつの請求が認められている。また、パリ2024オリンピックではTVタイムアウトが採用されており、これはゲームクロックが6分59秒および3分59秒を示した後、最初にボールがデッドした時にそれぞれ1回ずつ実施される。

3x3の試合ではコーチが指示を出すことが認められていないため、タイムアウトでは選手交代、スタミナマネジメントはもちろんのこと、戦術的な意思決定を含めて5人制でいうところのベンチワークが選手主体となって行われる必要がある。特にパリ2024オリンピックを含む国際大会では、TVタイムアウトが採用(試合の序盤から中盤にかけて2回実施)されているので、タイムアウトのタイミングは多くのチームにおいて勝敗を分けるような試合終盤に申請されることが多い。そして、選手たちは試合全体の戦いを俯瞰しながら戦術的な意思決定を下すのだが、そういったタイムアウトが勝敗の行方を大きく左右することも見受けられた。

事例:FIBA 3x3女子オリンピック最終予選(東京2020オリンピック出場決定戦)
日本 vs スペイン戦「タイムアウト中における選手たちのコミュニケーション」

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映像66_セルフコーチング_2021女子日本代表

東京2020オリンピック出場に向け、最後の1枠のチケットをかけた大一番。試合序盤から女子日本代表はスペインのPNRに対し、スイッチディフェンスが機能してゲームプラン通りの戦いで先攻していく。一方、リードを奪われたスペインだったが、世界屈指のパワーを誇るペイントアタックを中心に徐々に反撃へ転じたところで1回目のTVタイムアウトに入った。

山本選手「スイッチできてるから、スイッチ使おう」
馬瓜選手「待って、インサイドいける?ファイト(オーバー)にする?」
西岡選手「スイッチじゃない方がいい?」
篠崎選手「(大きくうなずく)」
山本選手「一回、(ファイトオーバーに)戻すか」
馬瓜選手「ファイト(オーバー)にしようか。一回それでやってみてダメだったらすぐ変える」

試合再開。ディフェンスシステムを変更した日本であったが、スペインのPNRで崩され、連続で得点を許した上にオフェンスのリズムも悪くなり、一気に逆転を許してしまう。3点ビハインドを負ったところで2回目のTVタイムアウトを迎えた。

西岡選手「相手、5回(チーム)ファウル」
馬瓜選手「OK。今自分らは(チーム)ファウル1回だから、もったいない点をなくそう」

残り3分28秒から再開。幸先よく篠崎選手が得点を挙げ、課題となっていたディフェンスでもファイトオーバーで激しくプレッシャーをかけて相手のTOを誘う。さらにスペインのオフェンスに対して、その起点となるタイミングでは効果的にファウルを使って次々にプレーを潰していきつつ、日本らしさを取り戻した激しいチームディフェンスでスペインの勢いを削いでいく。残り7秒、篠崎選手が値千金のシュートを決めて同点に追いつき、勝負の行方はオーバータイムへと突入していく。

西岡選手「(PNRは)ファイトオーバー?」
各々「スイッチでいこうか?スイッチ。スイッチ!」
山本選手「ハンドオフは?」
各々「そのまま?ついていく?ついていこう!OK!」
馬瓜選手「1点は(決められても)良いけど、もし1点決められた後はファイトオーバーし続けて!」
篠崎選手「OK OK OK!」
山本選手「1点決められても、(その後のオフェンスでは)1点でも良いから。ファウルあるから(使っても良い)」
※この時点におけるチームファウルは日本5回に対してスペイン6回

運命の延長戦。先ず、1点を先制したのは日本。直後のディフェンスでは打ち合わせ通りにDHOではスイッチ、PNRでは崩される前にファウルでプレーを止める。スペインのエース#13 イゲラビデ選手はそれを嫌がっている表情を見せている。また、スペインの最後のオフェンスとなったDHOからの2Pシュートに対して、スイッチアップした西岡選手がそれを死守する。そこから馬瓜選手の決勝点へと繋いでいき、女子日本代表は東京2020オリンピックの出場を決めたのである。

落合選手が言及した通り、3x3の試合では激しい戦いの中にも選手たちの責任感を覗かせる。コーチたちは「3x3では試合になったら選手たちに託す。それこそが3x3を魅力的なスポーツにしている」と語り、選手たちも「3x3によって人間的な成長がある」と口々に語っている。3x3におけるセルフコーチングは、3x3のパフォーマンス向上にとって重要な要素であるのはもちろんだが、それ以上の効果であるようにも思われる。