パリへの軌跡

東京2020オリンピックからの継承

小さくても勝てる戦い方で、銀メダル獲得

速い展開と高精度の3ポイントシュート

女子日本代表は欧米諸国と比べて身長・体格面でのアドバンテージが小さいため、相手にパワーや高さで対抗することは容易ではない。そこで考えられたのが「速い展開によるトランジションオフェンス」と「高精度の3ポイントシュート」を軸にしたスタイルである。具体的には以下のような点が挙げられる。

トランジション重視の戦略

リバウンドを取った瞬間やスティール後に素早くフロントコートにボールを運び、相手が守備体制を整える前にフィニッシュまで持ち込む“速攻”の回数を増やした。特に身長で劣る場合、オフェンスの初動を早めることで相手の長身選手が戻りきる前に得点を狙うことが可能になる。

  • コート全体を広く使い、ランニングプレーで抜け出した選手に対して素早くパスを出す
  • ポイントガードからの正確なアシストだけでなく、フォワードやセンターも積極的にパスを捌くことで、攻撃パターンが多様化した
  • トム・ホーバスヘッドコーチの下、練習から「マイクロバスケットボール(走って素早くシュートを打つ)」を徹底し、全員がトランジションの意識を共有していた

高精度の3ポイントシュートと5アウトスペーシング

現代バスケでは3ポイントシュートの重要性がますます高まっているが、日本代表はこれを大きな武器として最大限活かした。シューター陣が高確率でシュートを決めることで、以下のような効果が生まれた。

5アウトスペーシング

相手は3ポイントライン周辺のマークを厳しくせざるを得ず、ペイントエリア(ゴール下付近)へのヘルプディフェンスが遅れがちになる。これによって、身長のハンデがある日本でもドライブやカットインで得点を狙えるスペースが生まれる。

カッティング

シューターが外から高い確率でシュートを決めると、相手の守備はアウトサイドに引き出される。その結果、ドライブしやすい状況が生まれる。そのドライブに意識を向けているディフェンスの裏からカッティングすることで、チーム全体の攻撃オプションが広がった。

メンタル面の優位

試合の流れを一気に変えられる3ポイントシュートは、味方の士気を高めると同時に、相手に大きなプレッシャーを与える。特に準々決勝や準決勝などの大舞台では心理的な要因が勝敗を左右しやすいため、「いつでも決められる」という自信がチームの攻撃力を押し上げた。

トレーニング・戦術の成果

日本代表は大会前から3ポイントシュートの練習量を大幅に増やし、個人技術の向上だけでなく、試合の流れの中でオープンショットを生み出すための連携プレーを徹底的に磨いた。その成果が東京2020オリンピックの舞台で如実に表れ、3ポイント成功率が高水準で安定した。

ハードディフェンスとの相乗効果

トランジションと3ポイントシュートの成功率は、ディフェンスにも好影響をもたらした。激しいプレッシャーディフェンスやスティールを狙うディフェンスを組み合わせることで、相手のオフェンスリズムを崩し、ターンオーバーから速攻へとつなげる機会を増やすことができる。こうした速い攻撃で一気に点差を広げられれば、相手の長身プレーヤーを十分に活かさせず試合をコントロールしやすくなる。

小柄な選手を活かす最適解

前述した通り、女子日本代表は欧米の強豪国に比べて体格では劣る。だが、この弱点を逆手に取り、むしろ走力や機動力、そして精度の高いシュート力を伸ばす方向にシフトしたことが今回の成功のポイントだった。特に3ポイントシュートは“高さ”というディスアドバンテージをある程度補い、スコア面で互角以上に戦うための有効な選択だった。

結果的に東京2020オリンピックではオフェンスPPPが2位となり、世界の中でオフェンスの威力を遺憾無く発揮した。ディフェンス面では10位という順位は、アメリカやフランスなどオフェンスPPPが高いチームとの試合を行ったことが影響していることは間違いないが、日本の課題は明確になり、今後の伸び代となった。

このように「トランジション」と「高精度の3ポイントシュート」は身長差を補うためだけの戦術ではなく、日本代表のチームカラーを形成する根幹である。選手同士が常に走り、絶え間なくパス回しを行い、オープンな選手に打ちやすいシュートを提供する。そうした積み重ねが、東京2020オリンピックという大舞台で銀メダルという歴史的快挙につながったと言える。

東京2020オリンピックから継承したもの

ハードなディフェンスからのトランジション

小柄な選手が多い日本代表は、粘り強くアグレッシブなディフェンスを仕掛け、スティールやリバウンドから一気にトランジションを狙うスタイルを確立した。相手のミスを誘発し、そのまま速い展開に持ち込むことで、自分たちのリズムを作ることができた。特に東京2020オリンピックでは、激しいプレッシャーディフェンスとトランジションの連続で多くの試合を有利に進めた。

トランジションでオンボールスクリーン(ドラッグ)を使ったチャンスメイク

東京2020オリンピックの女子日本代表は、高い走力を活かした素早いトランジションオフェンスを実践してきた。その際、ポイントガードを中心にオンボールスクリーンを効果的に用いてディフェンスを崩し、ドライブやキックアウトからのシュートなど多彩なオフェンスを展開していた。このオンボールスクリーン(ドラッグ)によって、イーブンナンバーのトランジションの場面でも優位を作り出し、得点機会を増やしていた。

ビッグマンを3Pラインの外に出したスペーシングと3Pの活用

ビッグマンを3ポイントライン付近に配置することでディフェンダーを外へ引き出し、ペイントエリアを広く使うスペーシングを可能にした。これはパスの選択肢やドライブのレーンを広げるだけではなく、ビッグマン自身の3ポイントシュートによる得点源にもなった。日本代表が世界の強豪相手にも互角以上に戦うための重要な武器であったと言える。

パリ2024オリンピックに向けて発展させようとしたこと

カウンターバスケの導入と原理原則とプレー原則の確立

東京2020オリンピックで成果を上げた「トランジション」「3ポイントシュート」「ハードなディフェンスから流れを作る」といった要素をさらに洗練させるために、「カウンターバスケ」を導入した。カウンターバスケとは、素早く連続してプレーを仕掛け、相手のディフェンスを上回るスタイルを指す、後出しジャンケンのように、絶えず主導権を握ることを目指す。

このカウンターバスケを実現するうえで重要なのが、チーム全体で共有できる「原理原則」と「プレー原則」の導入である。例えば、トランジション時の役割分担やオンボールスクリーンの使い方、スペーシングなどを、より体系的に整理し、練習や試合で全員が迷わず実践できるようにしていく。そうした土台づくりが進めば、東京2020オリンピックで培ったトランジションと高精度のシュート力をさらに高め、パリ2024オリンピックではより洗練された攻撃力を発揮できると考えた。

まとめ

パリ2024オリンピックに向けて、女子日本代表はこれまで以上に高い壁に挑み、新たな挑戦のステージに立つことになる。東京2020オリンピックで銀メダルを獲得し、そのプレースタイルや組織力が世界から高く評価された日本は、今や“警戒される立場”へと変化している。つまり、世界の強豪国は、以前とは比較にならないほど日本を研究し、対策を講じてくることが予想される。

こうした状況下において、東京2020オリンピックで築き上げたスタイルをただなぞるだけでは通用しない。これまでの強みを維持しながらも、さらなる進化と変革が求められる。個々の選手のスキルアップに加え、戦術的な柔軟性、試合中の適応力、フィジカル面の強化など、多くの要素を高次元で融合させていく必要がある。

パリ2024オリンピックへの道のりは決して平坦ではないが、日本にとっては次なる高みを目指すための重要なプロセスであり、世界に再びその存在を刻み込む機会でもある。ここから、新たな目標に向かう旅路が始まる。この挑戦の先に、さらなる成長と感動の瞬間が待っていることを信じて、チームは歩み始めた。