レポートの序盤の”大会サマリー”の中では、あえてこの大会を「アメリカのための大会」と言わせてもらった。その理由は、バスケットボールそのもの、そしてオリンピックのバスケットボールの歴史を見返した時、今回アメリカ代表が成し遂げたことには金メダル以上の価値があるとテクニカルハウスでは考えているからである。
一方で、テクニカルレポート作成の責任を負うテクニカルハウスとしては、コート上で行われるプレーを、データを、なんとか言語化し解説しなければならないのも事実である。ここでは、アメリカをアメリカたらしめたプレーとは一体何だったのか、改めて深く考えてみたい。
数々のドラマを生み出したパリ2024オリンピックだが、もしも大会No.1の瞬間を決めるとしたら、多くの人が決勝戦でのステフ・カリーの活躍を上げるであろう。決勝のフランス戦4Q残り3分から、ステフ・カリーは4本連続の3ptを沈めた。”Night, Night”ポーズでKDやレブロンたちと共にコートを走り回る姿は、多くの人の記憶に残っていることだろう。
この連続3ptが始まるまでに、カリーはすでに4本の3pt(4/8)を沈めており、2日前の準決勝のセルビア戦でも9/14で決めている。チームUSAが絶好調のカリーを中心にオフェンスを組み立てることは誰が見ても明らかであり、当然フランス側も分かっていたに違いない。そして、カリーを活かすためにも、素早い動きのできないPFのヤブセレをアタックすることは、チームUSA共通の理解となっていた。
5本目の3ptを決めたポゼッションでは、レブロンにマッチアップするヤブセレを攻撃するため、カリーはゴーストスクリーンと見せかけるが、この場面はヤブセレに”スイッチをさせたい”ので、あえてヤブセレの背中にタッチしてスイッチを誘い、ヤブセレとの1オン1で3ptを決めている。6本目の3ptでは逆にカリーがボールを持ち、ヤブセレがマッチアップしているレブロンがスクリーンをかけに行く。スイッチしたくないフランスはコンテインで対応するが、ハンドラーのカリーに僅かなスペースを与え、ステップバック3ptを決められてしまう。
映像144_アメリカのバスケ文化の奥深さ_カリーの3pt
決勝 アメリカ vs フランス
残り1:42からのポゼッションでは、USAは当然同じくヤブセレをアタックする。前のポゼッションでスイッチをせずにカリーに3ptを与えたフランスはスイッチせざるを得ない。ヤブセレがマッチアップするレブロンがスクリーンへ行き、カリーにスイッチをさせる。しかし、X4(ヤブセレ)と#30カリーの1on1を恐れるフランスは、KDにマッチアップしていたX2(フォーニエ)が、カリーへダブルチームに行くという選択をする。ダブルチームに気づいたカリーはすかさずKDにパスをしたが、KDはすぐにパスをカリーへ返した。これは、マッチアップのフォーニエがすぐに戻りローテーションが起きていなかったこと、また6点リードのUSAは時間を使いたいためと考えられる。
しかし、ショットクロック残り6秒に再びフランスがカリーへダブルチームをすると、カリーからパスを受けたKDは迷わずコーナーでオープンになった#15ブッカーにエクストラパスを飛ばしている。結果的にブッカーのドライブでディフェンスが崩れ、再びカリーがオープンとなりこの日7本目の3ptを沈めた。
そして、残り54.4秒から次のポゼッションがスタートする。この場面では、USAのターゲットであるPFヤブセレがKDにマッチアップしていたため、ショットクロック残り13秒で、KDがドリブルしているカリーへスクリーンに行く。ヤブセレはスイッチしカリーへマッチアップ。しかし、すかさずKDにマッチアップするX3(バトゥーム)がカリーへダブルチームに行く。残り9秒だった。このパスをKDが受け取った瞬間、X2(フォーニエ)は完全にローテーションをしてKDにクローズアウトし、左ウィングのレブロンは完全にワイドオープンであった。レブロンもターゲットハンドでボールを呼んでいる。しかし、KDは一瞬オープンのレブロンを確認するも、すかさずカリーへボールをパスバックした。そのわずか3秒後、ボールを受けたステフ・カリーは、ダブルチームの上から8本目の3ptを沈めたのでだった。
映像145_アメリカのバスケ文化の奥深さ_KDのパスを考える
オープンの選手(しかもレブロン・ジェームス)にパスをせず、ダブルチームされている選手にパスを返すKDの判断は、作戦ボードの上では決して”正しい判断"とは言えない。バスケットボールにおいて、オープンの選手にパスを渡さないことは、シュートの確率、期待値を低くすると考えられるからだ。事実、ステフ・カリーはダブルチームの上から、この試合で最も難しいショットを打たされている。しかし、カリーは”正しい判断ではないパス”を”正解”に変え、チームUSAは歴史に名を刻んだ。パスを受けたKDが、もしもあなたが指導する選手、もしくはあなた自身だったとしたら、KDと同じ判断をしたのかどうか。ぜひ想像してみて欲しい。
アメリカのバスケットボールと、ストリートボールの文化は密接に繋がっている。街のコートでプレーヤーが集まって自然に始まるのが、いわゆるピックアップゲームだ。アメリカのピックアップゲームには、”Winner stays”という文化が存在する(地域によって違いはある)。 つまり、勝ったチームは次のゲームもプレーし続けることができるのだ。次にプレーするチームになるためには、その場にいるプレーヤーたちに分かるように「自分が次(“I got next!!”)」と声を上げなければならない。そして、次のプレーヤーはチームメイトを選ぶ権利も内包していることが多い。勝つための戦力となる実力のある選手を選ぶことが当然であり、集まったプレーヤーたちが同じだけプレーできるという意味でのイコーリティ(平等)はなく、勝利至上主義の上に乗ったフェアネス(公平)だけが存在する。
当たり前のことだが、ピックアップゲームにコーチなど存在しない。難しい戦術や遂行力などは必要がなく、求められてもいない。しかし、そこでプレーする選手たちのプレーは極めて合理的だ。ベストプレーヤー、もしくはその時ホットなプレーヤーのところにボールが集まるのだ。ゲームに勝って、プレーし続けるために。
このKDのパスには「ホットなプレーヤーに試合の行方の預けるのは当然」と言わんばかりの、バスケットボールのX’s&O’s(戦術戦略)を超えた深いメッセージが込められている。作戦ボードの上では一見”正しくない判断”を、彼らは”正解に変える”のである。
アメリカのバスケットボールを見ていると、同じような場面に本当に多く遭遇する。NBAの世界では、まさにそれの連続である。これがアメリカのバスケットボールのDNAなのだ。