OPPONENT PNR COVERAGE
(パリ2024オリンピック)
DRAG | PNR | |
---|---|---|
ドイツ戦 | コンテイン (ピール スイッチ) |
1-5 スイッチ #17/#7 コンテイン (ピールスイッチ) #0 ボンガが河村にマッチアップ |
フランス戦 | コンテイン 高い位置はスルー |
5 コンテイン (サイドではアイス) (ディープではピールスイッチ) 高い位置はスルー 1-5 スイッチ #10 #5 はいつでもスイッチする #5 バトゥームが河村にマッチアップ |
ブラジル戦 | ハーフコートと同じ | 1-4は常にスイッチ 5番はスイッチ (1stハーフ) 5番はショー (2nd ハーフ) |
パリ2024オリンピックでは、どの国も日本に対してスイッチディフェンスを多用してきた(FIBAワールドカップ2023では、1〜5番までオールスイッチディフェンスをしてきたのはオーストラリアだけであった)。
スイッチオフェンスは数値化することが非常に難しい。その理由は、スイッチの攻め方としてプリベント(スイッチをさせないように攻撃すること)とパニッシュ(スイッチの弱点であるミスマッチを攻めること)が混在するからである。プリベントをする場合、スイッチ自体が結果として起きないため、それをスイッチオフェンスと定義すべきかという、グレーゾーンが出てきてしまうのである。
テクニカルハウスではスイッチオフェンスPPPを、”ミスマッチが確定した場面のみ”でカウントしている。つまり、パニッシュできたかどうかを測る指標として用いている。ミスマッチはバックコートである1、2、3番と、ビッグマンである4、5番の間で起きたクロスマッチアップと定義している(大きい3番と小さい4番などの特殊ケースは、テクニカルハウスの主観でスイッチにカウントしない場合もある)。また、スイッチが確定した状況を分析することを目的としているため、PNR以外で起きた明確なミスマッチも同じようにスイッチオフェンスとしてカウントすることにしている。
パリ2024オリンピックのデータからは、ブラジル戦を除いて、かなりスイッチディフェンスに苦戦したことが分かる。
スイッチオフェンスPPP(ミスマッチ確定)
POSS | Pts | PPP | |
---|---|---|---|
ドイツ戦 | 22 | 16 | 0.727 |
フランス戦 | 40 | 33 | 0.825 |
ブラジル戦 | 27 | 28 | 1.037 |
TEAM | 89 (29.6) |
77 (25.6) |
0.865 |
※スイッチをした場面だけではなく、PNR以外の状況であっても、1〜3番選手と4〜5番選手の間で起きたミスマッチであればスイッチPOSSとしてカウントしている。
初戦のドイツが、日本のPNRにどんな対策をしてくるかを予測することは非常に難しかった。ドイツは相手に合わせた対策よりも、ベーシックなチームルールを徹底することが強みのチームである。また、FIBAワールドカップ2023と大会直前の強化試合で日本と2回対戦し、いずれも大勝している。この2点を考えても、ドイツが得意としているコンテインディフェンスを変える理由はないと思われた。しかしながら、ドイツは40分を通してスイッチディフェンスを多用してきた。
鍛え上げられたドイツのスイッチディフェンスは、日本のオフェンスを停滞させた。彼らのディフェンスは、完全なる1-5(1番から5番)スイッチではない。ディフェンスのフットワークがあまり良くない#7ヴォイトマンだけはできるだけスイッチせず、コンテインをすることがある。ただし、ドイツは208cmの#9フランツ・ワグナーが3番でプレーするため、3-5は誰であろうと基本的にスイッチをする。つまり、彼らがスイッチをしないのはPGである#17 シュルーダーと#7ヴォイトマンが絡んだPNRだけで、それ以外の場合は全てスイッチしていることになる。コンテインにおいても、ハンドラーがドリブルでペイントへ侵入すると、そこで素早くスイッチ(ディープスイッチ)となる。
また、ドイツは試合中盤からディフェンスのスペシャリストの#0ボンガを投入できることが大きな武器だ。203cmで長い手足を持つボンガは、素早いPGにもついていける脚力を持ちながら、ビッグマンとも簡単にスイッチができる。そしてオフェンスでは、1番から4番までどこでもプレーできるユーディリティプレーヤーだ。実際、短時間ではあるが富樫や河村にマッチアップしたり、渡邊や八村にマッチアップすることもあった。またスイッチしてもビッグマンとミスマッチにならない。特に203cmの#0ボンガ、208cmの#9ワグナーが2番、3番ポジションとして同時にコートにいる場面では、どこかでPNRをしてスイッチが起きても、トリプルスイッチでミスマッチを消され日本のオフェンスは停滞した。結果的に、ドイツ戦のスイッチオフェンスPPPは0.727と大会で最も低い数字となってしまった。このボンガをコートに置いたドイツのスイッチディフェンスは、全てのチームが苦戦しており、FIBAワールドカップ2023で優勝する原動力の1つとなった。
日本代表は決してスイッチオフェンスを苦手としていたわけではない。ホーバス体制以降、相手のスイッチディフェンスに苦戦した試合はあったものの、その度に練習で対策を行い成果を上げてきた。特にFIBAワールドカップ2023でのスイッチオフェンスPPPは1.04と素晴らしい数字だった。ここでは、スイッチオフェンスの基本的なコンセプトを紹介しつつ、それに対するパリ2024オリンピックでの相手国の対策にも触れていきたい。
スイッチオフェンス
(FIBAワールドカップ2023)
POSS | Pts | PPP | OR | |
---|---|---|---|---|
ドイツ戦 | 7 | 7 | 1.00 | 1 |
フィンランド戦 | 7 | 10 | 1.43 | 0 |
オーストラリア戦 | 24 | 26 | 1.08 | 5 |
ベネズエラ戦 | 5 | 5 | 1.00 | 3 |
カーボベルデ戦 | 5 | 5 | 1.00 | 3 |
TEAM | 48 | 53 | 1.04 | 12 |
コンタクトがないため、ハンドラーDとスクリーナーDのコミュニケーションミスが生じやすくなる。また、アーリーダイブも重要なスキル。
映像83_スイッチオフェンス_プリベント
河村も富樫もプルアップ3ptを持っているため、相手ビッグマンにとっては守るのが難しい。しかし、ドイツもフランスもアグレッシブにプレッシャーをかけ、インサイドへドリブルさせる対策をしてきた。
映像84_スイッチオフェンス_ガード1on1_ドリブル(パニッシュ)
ドリブルでは加速が難しい場面も、一旦ボールをパスして、小さなクローズアウトにパスバックする。しかし、ドイツもブーメランを予測し、ヘルプポジションに行かずにディナイするという対抗策を持っていた。
映像85_スイッチオフェンス_ガード1on1_ブーメラン(パニッシュ)
ホーキンソン、八村の1on1は強力な武器。しかし、ドイツにもブラジルにもトリプルスイッチでほぼインサイドのミスマッチは消された。ウィングにサイズのある屈強な身体を持つ選手が多いからできるディフェンスでもある。
映像86_スイッチオフェンス_インサイドミスマッチ
ガードが1on1をミスしても、ミスマッチになっているビッグマンがゴール下にいれば、リバウンドのチャンスが生まれる。FIBAワールドカップ2023ではホーキンソンが高確率でミスマッチリバウンドを獲得し、スイッチオフェンスでのミスショットを救った。スイッチオフェンス全体の48ポゼッションで、12本のオフェンスリバウンドを獲得した。
映像87_スイッチオフェンス_オフェンスリバウンド_パニッシュ
FIBAワールドカップ2023において河村はこのアイソレーションPPPが1.385で、32チームの全ての選手の中で1位であった(最低5POSS以上で算出)。この数字から見ても、パリ2024オリンピックでは多くのチームが河村を警戒し、特別な準備をしてきたことは明らかだ。
アイソレーション 1on1 (最低5POSSが対象)
選手 | チーム | POSS | PTS | PPP |
---|---|---|---|---|
#5 河村 | 日本 | 13 | 18 | 1.385 |
#4 ジョーンズ | 南スーダン | 17 | 23 | 1.353 |
#9 バレット | カナダ | 9 | 12 | 1.333 |
#15 リーブス | カナダ | 10 | 13 | 1.300 |
#55 サガース | ラトビア | 17 | 22 | 1.294 |
#24 ジェファーソン | ヨルダン | 16 | 20 | 1.250 |
※シナジーでのアイソレーションの定義は、ドリブルで1on1をすることである。つまり、クローズアウトなどは含んでいない。このレベルでは、ストレートなマッチアップで1on1を仕掛けることは多くないので、ほとんどはスイッチなどでミスマッチが起きている状態での1on1であると考えられる。
ドイツのスイッチディフェンスに対しての反省は、アイソレーション(1on1)でアタックすべき選手を明確にできなかったことにあった。
日本は相手マッチアップが何度も変化することに混乱し、ディフェンスのスペシャリストのボンガや、ミスマッチではない#9ワグナーに対して1on1を仕掛け過ぎてしまった。スイッチであれ、コンテインであれ、ドイツのディフェンスの弱点は#7ヴォイトマンであった。もっと明確に相手ディフェンスのターゲットになる選手を共有し、少なくとも#0ボンガの前での1on1は避けるべきであった。
映像88_スイッチオフェンス_課題_グッドディフェンダーと1オン1
日本はドイツ戦の反省から、ターゲットにすべき選手をより明確にして試合に臨んだ。フランスが日本に対して選んだPNRカバレージは、1〜4番は誰であっても全てスイッチ、そして5番ポジションは、コンテイン(高い位置はアンダー)、スイッチを使い分けるカバレージであった。しかし、どんなカバレージであっても、フランス代表の中でターゲットにしていた選手は、シューティングガード(SG)の#10フォーニエ、#12デ・コロである。フォーニエはPNRを守るフットワークを苦手としており、PNRは全てスイッチした。それでも、できるだけ彼にディフェンスをさせるようにし向けるというコンセプトは変わらない。また、どのビッグマンをアタックするかを考えた時、日本がターゲットに選んだのは#27ゴベアである。ゴベアはNBAでも最優秀ディフェンス賞も受賞した、バスケ界屈指のリムプロテクターである。しかしながら、彼のコンテインディフェンスはポジショニングが悪いことが多く、特にポップする選手には弱い。ホーキンソンはポップができるため、ゴベアには相性が良いと考えられた。また仮にスイッチをしても、河村のような圧倒的なスピードを持つ選手に対してアウトサイドまで出て守ることは得意ではない。常にコートを見渡し、この3人にディフェンスをさせるようにオフェンスを組み立てることがチーム全体に共有された。
実際、このプランは大きく成功した。予想通りゴベアは序盤スイッチをしなかったので、ホーキンソンがポップからの3ptを簡単に打つことができた。また、河村、富樫は効果的にプルアップ3ptを決めた。八村はフォーニエ、デ・コロにマッチアップされる度にアイソレーションを仕掛けスコアした。彼らが得点力に劣る吉井にマッチアップすれば、吉井はスクリーナーになって2人にディフェンスをさせ続けた。
映像89_ターゲットを決める_ゴベア
映像90_ターゲットを決める_ガードをアタック
プルアップ3ptを決め続け、コンテインでは止められなくなった河村に対し、フランスは4Qから1〜5番まで全てのPNRをスイッチし始めた。ゴベアは疲れの見え始めた河村に対して良い仕事をしていたが、今度はインサイドで小さなPGのストラゼルがリバウンドで苦戦していた。そこでフランスは、河村に対して#5バトゥームをマッチアップさせる秘策を出してきた。ディフェンスのスペシャリストのバトゥームは1〜5番までディフェンスできる203cmの万能ディフェンダーである。オーバータイムで疲れも見えていた河村にとって、1番厳しいマッチアップが最後に待っていた。しかしながら、4Qの最後のポゼッションでこのアジャストを繰り出したフランスが、最初からこの策を準備していたとは考えにくい。これはコーチによるアジャストなのか、ギリギリの戦いになった選手自らの志願なのかは謎のままだ。
映像91_フランスのミスマッチ対策_#5バトゥームが河村にマッチアップ