現地レポート

父と息子のオールジャパンRSS

2013年01月12日 19時22分

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親思う心にまさる親心けふのおとずれ何と聞くらん――幕末の志士、吉田松陰の辞世の句である。死を前に自分は親の心配をするが、親はそれ以上に子のことを思っている。今日の処刑を聞いたら、親はどう思うだろうか、という意味である。死ではないが、やはり親の前で負けるのは気持ちがいいものではない。むろん親の前ではなくてもアスリートは負けることが嫌なものだが、親の前で負ける姿はより見せたくない。だがその一方で一生懸命にプレイする姿を見せることも、ある種の親孝行と言えるのではないだろうか。


三菱電機ダイヤモンドドルフィンズの内海慎吾の父親は、女子日本代表ヘッドコーチの内海知秀である。昨年まではWリーグのJXサンフラワーズを指揮していたため、息子の試合を見ることがほとんどできないでいた。しかし昨シーズンが終わったところでチームを勇退し、今シーズンからは代表ヘッドコーチ専任となっている。


「息子の試合を見る機会は少ないからね。見られるときに見ておかないと。今日は女子日本代表ヘッドコーチの立場は横に置いて試合を見るよ。」


試合前に父はそう言って笑った。


7年ぶりの準決勝進出となった息子のいる三菱電機はしかし、アイシンシーホースに対して接戦を演じながらも第4ピリオドで逆転され、そのまま試合終了のブザーを聞くことになる。


「アイシンというチームは後半、特に第4ピリオドに強いことはわかっていたのですが、その第4ピリオドにガッと集中することができなかった…いや、集中してディフェンスを頑張っていましたけど、相手の力が上だったというところですね。」


息子が試合後にそう言うと、父はアイシンの強さをこう述べる。


「アイシンは勝負の場面でしっかりとシュートを入れる…入れきれる。そこの強さだと思うね。」


言葉こそ違うが、父子ともに、アイシンの爆発的な集中力の高さにやられたと言うわけだ。


慎吾自身の話に及ぶと、慎吾は


「僕は常にディフェンスを頑張ろうとコートに入っているので、今日は僕のマークマンだった朝山(正悟)さんや古川(孝敏)に仕事をさせないようにしていました。どれだけ点を取られていたかわからないですけど、あとで振り返って今日のディフェンスがどうだったかなと考えたいと思います。」


と言う。父も


「ディフェンスは非常に頑張っていたと思うね。」


息子の出来に満足していた。事実、慎吾が守っていた朝山は無得点、日本代表の古川も5点に終わっている。及第点と言っていいだろう。しかし、父子はある意味でライバルでもある。父は息子への苦言も忘れなかった。


「あれが三菱のチームスタイルなのかもしれないけど、外国人だけじゃなくて、もう少し日本人が得点を取っていかなければいけないと思うよ。本人(慎吾)の役割なのかもしれないけど、後半はゼロでしょ? 前半のような積極性が欲しかったよね。」


前半は3Pシュートを含む7得点を挙げていただけに、後半の無得点には少し物足りさを感じたのかもしれない。それでもその試合のあとに笑顔で会場を去っていく姿を見ると、春以降に始まる日本代表活動を前に父親としての楽しい時間を過ごせていたようにも思える。


「これまでのオールジャパンでは毎年決勝に進んでいて、僕よりも遅く大会が終わりますので、僕の試合を見る機会はそんなに多くなかったと思います。だからというわけではありませんが、久しぶりに父として息子のバスケットを見ていたんじゃないかと思います。父はこれから忙しくなっていくだろうから、少しでも休めたらと思います。」


悔しい敗戦後にも関わらず、父を思いやるコメントを残した息子。激しい戦いとなった準決勝のなかに、少しだけ親子の、目に見えない絆を見た気がする。



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町田瑠唯、二十歳の誓いRSS

2013年01月12日 01時50分

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3月生まれの彼女は、正確にはまだ二十歳ではない。だが今年成人式を迎える彼女にとって、このオールジャパンはターニングポイントになるかもしれない。彼女とは、富士通 レッドウェーブの#10町田瑠唯のことである。


チームは準決勝でトヨタ自動車 アンテロープスに[75-79]と敗れたが、町田はその試合で14得点を挙げている。Wリーグ・レギュラーシーズンの平均得点が3.86点だった町田が、である。


「周りから『得点を取りに行きなさい』と言われたし、実際Wリーグを戦っていて(距離を)離されて守られることが多かったので、それが自分の中で嫌だったんです。“4対5”の形――相手から自分だけオフェンスの数にカウントされていないという意味――になってしまうのが嫌だったので、今日は得点に絡んでいこうと思いました。」


思ってすぐに実行できるのだから、それだけの力があるということだろう。だが昨シーズンのWリーグ新人王は自らの武器を「アシスト」と考えるあまり、これまではゴールに向かう姿勢が希薄だった。まだあまり研究されていない昨シーズンはそれでもよかった。北海道・札幌山の手高校のエースガードとして同校を初の高校3冠に導いたときも、もちろん得点には絡んでいたが、パスだけでも周りの選手――たとえば富士通の#0長岡萌映子やシャンソン化粧品 シャンソンVマジックの#6本川紗奈生、デンソー アイリスの#31高田汐織らが得点を取ってくれていたので、大きな問題にはならなかった。


だがWリーグのチームが研究し、その特徴をつかんでくると、町田の攻撃意識の欠如はチームにとってマイナス要素となる。攻めなければ、自分を守っているディフェンスは周りのカバーに行ってしまい、それでもなお攻めなければ、チームの得点は伸びていかない。攻撃を司るはずのポイントガードが、チームの攻撃を滞らせていたわけだ。


そんな町田がオールジャパンの準決勝で殻を破った。


「点数としてはいつもより多く入れているので、すごくよかったなと思います。でももう少し攻めていってもよかったかなとも思っています。」


そして今後に向けて、こう話す。


「相手からは『町田は離していても大丈夫』って思われているから、そこは怖い存在になれるようにもっと得点を取りにいって、そこから自分の得意をするアシストをもっと増やせていけたらいいなと思っています。



相手にとって怖い存在のポイントガードになる――162センチのかわいらしい顔をした町田が成人式を前に示した「二十歳の誓い」である。


毎年「成人の日」の朝刊で、作家の伊集院静が酒造メーカーの広告に新成人へ向けたメッセージを書いている。2007年の成人の日のメッセージの中にこんな一節がある。


二十歳の空はどこにでも飛んでいける。信じるものにむかって飛び出そう。空は快晴だけじゃない。こころまで濡らす雨の日も、うつむき歩く風の日も、雪の日だってある。実はそのつらく苦しい日々が君を強くするんだ。 苦境から逃げるな。自分とむき合え。強い精神を培え。そこに人間の真価はある。


町田の真価が問われるのはこれからである。


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逆境に打ち克つ背番号94RSS

2013年01月06日 22時05分

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先日現役引退を発表したプロ野球選手の松井秀喜が以前こんなことを言っていた。


「どんな技術やパワーよりも、逆境に強い力を持った選手になりたいと願っています」。



怪我を負った松井がそれでもメジャーリーグで戦うためにそう願ったのだとすれば、昨年、足首の怪我から3シーズンぶりに復帰した三菱電機ダイヤモンドドルフィンズの#94佐藤託矢もまた、松井と同じことを願っているのだろう。


4年ぶりのオールジャパン出場となった佐藤は、チームとして7年ぶりの準決勝進出を決めた東芝ブレイブサンダース戦で、ベンチスタートながら3Pシュート1本を含む7得点を挙げている。ヘッドコーチのアントニオ・ラングも「今日は大事な場面でビッグショットを決めてくれたし、彼の存在が大きかった」と認めている。佐藤は言う。


「オールジャパンはやはりちょっと雰囲気が(JBLと)違うので最初は緊張しました。でも自分はつなぎ(バックアップ)で出るわけだし、自分の仕事をきっちりできるように集中しようと考えていました。結果として今日はシュートも入ったし、ディフェンスもそこそこできていたのでよかったと思います。」


佐藤の持ち味はその体格とは裏腹に――といっても、ディフェンスやリバウンドなどではその体格を生かしたハードなプレイをしているが――柔らかいジャンプシュートにある。今日も前半の大事な場面で3Pシュートを、後半にもジャブステップからのジャンプシュートを決めた。


「ディフェンスやリバウンドをハードにすることはもちろんですが、チームが攻めあぐねたときにポイントでつなげるよう、要所でミドルレンジのシュートを決めることが今の仕事だと思っています。今はまだちょっと波があってシュートの入らないときもありますが、今日のように小さな積み重ねであってもしっかりと決められるようにして、もう少しプレイタイムをもらえるようにしたいですね。」


た目には体の大きなヤンチャな少年を思い起こさせるが、長期離脱を余儀なくされるほどの怪我を克服し、チームのためにプレイする男の言葉には覚悟にも似た重みを感じさせる。ロシアの作家、マクシム・ゴーリキーの「どんな些細な勝利でも、一度自分に勝つと人間は急に強くなれるものである」という言葉を思い出す。


アントニオ・ラングに彼の魅力を尋ねると、間髪をいれずに「Toughness(タフネス)」と答えた。そしてこう続ける。


「スキルもあるし、頭もいいけど、でも“今”の彼の強みはそこです。タフで、絶対に負けないという強い気持ちを持っている。タクヤのような選手がもっと欲しいですね。」


足首の痛みとはこれからも付き合うことになるが、バスケットができるほどに怪我を克服した今、佐藤に怖いものはない。準決勝の相手はリーグ戦2連敗中のアイシンシーホースだが、タフさと柔らかいシュートタッチを併せ持つ背番号94はどんな状況になっても――それが逆境であっても――最後まで戦い抜くつもりだ。


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